Lost Knight
〜迷子の騎士〜

戦いを、終わらせたいと願っていた姿を覚えている。
『何も犠牲にせず強さを求めるのは愚かなことか?』
『何かを犠牲にして名誉を大切にするのは悪か?』
すべてを忘れていても、かけがえのないものは確かに在る。
今、行くか、と手を差し伸べられたら、迷わずその手に飛びつくだろう。
何もかもを捨てる覚悟などしないままに。
 
 
 
「俺のした問いの意味がわかった?ニセ者なんだよ。この世界で君は」
容赦なく、ユウヤが言葉をぶつける。
そんなの言われるまでもなくしっかり理解している。受け入れるつもりもある。
こんなばかげた話、信じないほうがいいのかもしれない、と思うが南自身がそれを否定する。
これは真実なのだ。偽りはユウヤじゃない。あたしだ。
すっかり薄暗くなってしまった公園には人影は一つもない。
風が静かに吹いている。ふと、あの女の人を思い出す。そよ風がぴったりの人だと思った。
「もしかして、夢の女の人は風…の能力、者?」
まだ口に出すのになんとなく抵抗を感じて少しぎこちない口調になる。
「そうだよ。君がいない間ずっと指揮を務めていた人だよ」
「あ、あの人も戦いに参加するのか!?」
驚いて声をあげる。どう見ても、戦いには不向きな体型であった。
華奢で、色が驚くほど白かった。いかにも、お姫様感が漂う人だった。
「あたりまえだろ。短剣使いだけど、だいたいは能力に頼ってる。コントロールは誰よりもうまいか
ら、下手に使いすぎないんだ」
「…その、能、力って…身体に負担とかかかるものなのか?」
ユウヤが首を横に振る。漆黒の髪が薄い闇にとけ込むようで綺麗だった。
「感情的に能力を使うと、身体に負担がかかるんだ。たとえば、怒り。怒りだけで能力を爆発させ
ると、体中がきしんで動けなくなる。よく、そうなる子がいるんだよね。能力者の中に」
「そ、そっか…」
どう言葉を続けていいのかわからず、俯いて言うべき言葉を探す。
混乱してないつもりでいたが、かなり混乱している自分にさらに混乱する。
落ち着け、と頭の中で何度も繰り返すが、そのたびに余計に混乱してしまう。
目をかたく瞑って、深呼吸する。大丈夫。何を聞いても、大丈夫。
こうやって暗示にかけると、不思議と落ち着くのだ。
試合前の南の癖だった。
「俺が初めて君に会ったのは、3歳だったらしい」
急に、ユウヤが語り始める。
「ロクに覚えてないけど、その時君、俺の顔見て急に大泣きし出したらしいよ。『怖いー』って。失
礼な話だよね。人の顔見て『怖い』って」
思わず、ぷっと吹き出すとユウヤも少し笑う。
気を遣ってくれたのかもしれない。むかつく奴ではあるが、いい奴だと思った。
言葉に出してお礼を言うのは癪だったので心の中で小さくお礼を言う。
ありがとう。あたしは大丈夫。
だから、聞かねばならない。自分のことを。自分はどうしてここにいるのかを。
「…あたしは、何でこの日本にいるんだ?」
精一杯普通に聞こえるように言ったが、少し震えていた。
まだ、聞くのが少し怖いのかもしれない。
「あ、そうか。それも話さなきゃいけないんだった」
ややめんどくさそうな口調になる。じろりと睨むとユウヤが迷惑そうに顔を歪めて説明し始める。
「だから、俺たちは昔青年側につかなかったほうの人たちなわけ。それで、君はその血を引く者。
君は5歳まであっちで育ったけど、5歳の時、事件が起こったんだ」
「どんな?」
「詳しくは知らない。誰も知らないんだ。ただ、君自身が空間をねじまげて異世界に飛んだんだ。
なんの予備知識もないのに、だ。それで君を探すことになった。見つけるまでに10年もかかった
わけだけど。色々いざこざも起きたよ。でもまぁ見つかったから結果おーらい?」
使いなれない言葉を無理矢理使ったようで、少しぎこちなかった。
「どこで覚えたんだよ…」
「それで、問題なのは、あっちの能力者も追いかけてこの世界に来てしまったということ」
完璧の南の発言を無視して、言葉を続ける。
「あっちの国、あいつらは勝手にアスナ・フィルネって自分たちの国のことを呼んでるらしいけど。
古代の言葉で『月の国』。だから俺らの国はロンラ・フィルネ。『太陽の国』って呼んでる。で、アス
ナ・フィルネは君が空間をねじまげたときにすぐに気づいたのが運悪くアスナだったんだ。すぐに
あっちは行動に出た。君と同じ火の能力者を送ったんだよ。でも、その時に送り込んだめちゃくち
ゃ頭の切れるやつは大きな力を使いすぎた。それで死んだんだ。そのせいで他に君を追う刺客は
いなくなった。幸運といえば幸運だ。けど、ひとつの欠点があった]
ユウヤは自分のこめかみを指さし、くるくると指を回す。
「君やアスナ・フィルネの能力者は時空をわたるには早すぎたんだ。脳が妙な混乱を起こし、そし
て自分の世界のことを忘れ去った。そして、今の親に拾われたんだ」
「嘘だっ」
思わず出た言葉に、自分自身がびっくりする。ユウヤも驚いた顔をしている。
「嘘だよ」
もう一度ゆっくりつぶやいてみる。考えてみればおかしいのだ。自分は0歳のころからこの日本に
いるはずなのだ。桜と知り合い、小さな頃これでもか、というぐらい引っ張り回したのを覚えている
のだ。やはり、ユウヤの言っていることはただの狂言なのだろうか。
「…なぜ嘘だとわかる?」
ユウヤが一言一言を区切るように問う。その言葉に南は動揺する。
桜との思い出は考えてみればすべてある程度成長したときのものに限られる。
しかし、桜も自分とは0歳のころのつきあいだと何かの折に言っていた。
「君はすべてを忘れ、鈴木氏に拾われた。なんで嘘だってわかる?なんの確証もないくせに」
ユウヤの責め立てるような口調で鋭く南を睨む。
「確証がないのはそっちも同じだろ。だいたい、おかしいよ。あたしは0歳のころからここにいるは
ずなんだ。桜だってそう言ってた」
思わず、こちらも言い返すと、ユウヤがさらに反撃に出ようとしたところで、ふと動きを止める。
「今、なんて言った?」
真剣な顔で問う。少しの焦りと恐怖が混じっていた。
「…『0歳のころからここにいるはずなんだ』?」
「違う。その後」
「『桜だってそう言ってた』?」
急にユウヤが立ち上がる。そして南の手を引っ張ると早足で歩き出す。
「な、なに…」
「暗いから、送るよ」
早口で言い、さらに早口で続ける。
「君にゆっくり説明してる時間はないから今から俺が説明すべきことをすべて言う。君は鈴木氏に
拾われ、そして育った。その間に俺たちは君を必死で捜し、10年たってやっと見つけた。そして、
君は選ぶ必要がある。俺と共に、ロンラ・フィルネに来るか。それともここで平和に暮らすか。最も
平和らしい平和は、このままここにいても望めないかもしれないけど。どうする?俺たちとしては、
君にすぐにでも戻ってきてほしい。統率者を欠いたままじゃ、アスナ・フィルネとの戦いに終わりが
来ない。俺たちは戦いに勝ちたいんじゃない。戦いを終わらせたいんだ」
ユウヤが、息をつく。そしてもう一度南に問う。
「俺と一緒に来る?」
足をもつらせ、息を切らしながら南は答えた。
「行く。あたしが行ったことで助かる人がいるんなら」
ユウヤの足がピタリと止まる。いつの間にか、南の家に着いていたらしい。
こちらを見て、薄く笑う。
「そう。じゃあ、今日の1時。あの公園で」
一拍おいてから、
「逃げるなよ、お姫様」
冷笑を浮かべてそう言った。
 
午前1時。
公園へ向かいながら、月を見上げて思う。
記憶の奥底にある、あの言葉。
『何も犠牲にせずに強さを求めるのは愚かなことか?』
『何かを犠牲にして名誉を大事にするのは悪か?』
自分は0歳からここにいる。では、この言葉は誰のものなのだろう?
この言葉に戸惑い、困惑していた自分も覚えている。
自分の無力さを思い知らされたみたいで悔しかったのも覚えている。
だから、強くなろうと誓ったのも覚えている。
これは、南の記憶だ。けれど、ここ日本でのものではない。
矛盾している。けれど、これを母に伝えることなく出てきてしまった。
もう、戻れないかもしれないのに別れの挨拶もなしに出てきてしまった。
覚悟など何もしていない。
けれど、助けを、自分を待っている人間がいるのなら。
自分が行ったことでなにか救えるのなら。
行こうとさしのべられた手に飛びついた。覚悟など、していない。
けれど、後悔もしていない。不思議と胸の奥が熱かった。
公園に着くと、ユウヤはすでに来ており見慣れない服を着ていた。
薄紅色のどこかの貴族のような格好をしていた。
しかし、それに違和感を感じることはなく、むしろしっくりきた。
「あ、来たね。急ぐよ」
そう言って平然と公園の中央へと向かう。
南が大荷物を引きずりながらユウヤのあとに続くと、ユウヤが怪訝そうな顔で荷物を見る。
「その荷物、何?」
「え?」
自分の持ってきた荷物を見下ろし、少し考えて
「着替えとか、枕とか、ゲームとか、漫画とか、あとー…」
「うん。わかった。もういい」
ユウヤが投げやりにいい、急に南の荷物を取り上げたかと思うと、瞬きをする一瞬の間に消えて
しまっていた。
「う、うぉぉぉ!?何しやがるんだぁぁぁ!枕ぁぁぁ!」
「うるさいな。あんな大荷物必要ないんだよ。必要なものは全部あっちにある」
不機嫌にそう言い放ち、南に背を向けてピタリと静止した。
「…君、桜って子とはどういう関係?」
急な問い。深く考えず、すぐに南は答えた。
「幼なじみ。ちっちゃいころからのつきあい」
「ふぅん」
それだけ言うとユウヤはこちらを振り向きもせず、「じゃあ行くよ」と言い、小さな声で何かを詠唱
しはじめた。
「風は穏やかに、水は緩やかに、真の優しさを貫かん。
 雷は強く、炎は激しく、真の正義を貫かん。
 天地の言霊、我に真の名を証し、我らの栄光を強く望まん。
 ロンラ・フィルネの真紅の炎に属する者、ユウヤ・パテジェ。
 我に汝の真の名を。誠の正義を。今、此処に標し賜え」
小さな、真っ赤な光が灯った。それは短い命を使って懸命に光っている蛍を思わせた。
自然と南の口から感嘆が漏れる。
懸命に瞬いている光は、この世界のどんなものよりも美しいと思った。
「これが、世界への道しるべ」
ユウヤが光を見ながら小さく呟いた。
「もう一度聞こう、ミナミ」
ユウヤに呼びかけられ、南がそちらを向く。
「君は俺と共に、戦地へ乗り込む気はある?」
「ある」
迷わなかった。即答だった。
覚悟はない。けれど確信ならある。
自分の在るべき場所へと、行きたいと思った。
「連れて行って」
小さく、道しるべにむかって言葉をかけてみる。
小さな光は頷くように、瞬いた。
「それでは、ミナミ姫。目を瞑って。絶対にはぐれるなよ」
自分よりも大きく骨張った手が導くように南の手をとる。
目を瞑って、大きく息を吸い込んではき出した。
いろんな人の顔が瞼の裏をかけめぐる。
桜の喧嘩のあと、怒ったように笑う顔が浮かんできた。
ごめん、桜。ごめん、母さん。
あたしは、本当のあたしを探しに行く。
瞼の裏が真っ白になり、やがて真っ暗になった。
しょうがないなぁ。許してあげるよ。
聞こえるはずのない、桜の声が聞こえた気がした。
 
 
 
 
 
ふふふ。しょうがないなぁ。(何)
もう、この駄文っぷり、ホントにもうどうしようもないですヨ。
いつものことですが、本当にごめんなさい…。
しかも、なんか話変な風になってきちゃいましたヨ。
ちょっと設定ミスが出てきたし…。
無理矢理修正したのがバレバレっていうか…。
どうもすみません…。本当にごめんなさい…。
やっと、どっかの変な世界に飛んでった南ちゃん。
果たして彼女はどうなるのでしょー。(おい